大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所那覇支部 平成12年(う)22号 判決

1 原判決には,以下のとおり,道路交通法違反(酒酔い運転)の点につき,訴因変更の手続を経ることなく,起訴状記載の公訴事実とは異なる事実を認定した違法があり,訴訟手続の法令違反(刑事訴訟法379条)がある。

すなわち,酒酔い運転につき,検察官は,「被告人は,酒気を帯び,正常な運転ができないおそれがある状態で,平成8年8月14日午前1時ころ,沖縄県石川市字石川下原1752番地の1沖縄自動車道上り線29.5キロポスト付近道路において,普通乗用自動車を運転した」という公訴事実で起訴したにもかかわらず,原判決は,犯罪事実として,「被告人は,平成8年8月13日の昼前ころから夕方ころにかけて,500ミリリットル缶入りのビール合計5本位を飲み,さらに普通乗用自動車を運転し,同日午後5時半ころ,A方を訪れ,A方を訪れた時点で既に500ミリリットル缶入りビール5本位を飲んでいたうえ,A方でさらに飲んだ後は,自宅まで普通乗用自動車を運転して帰宅するつもりだったのであるから,それ以上酒を飲めば酩酊して帰宅の際に道路交通法の禁止する酒酔い運転をするかもしれないことを認識し,あるいは認識できたにもかかわらず,同月13日午後5時30分ころから同日午後9時ころまでの間,A方において,あえて350ミリリットル缶入りビール5本位を飲み,よって,翌14日午前1時ころ,沖縄自動車道上り線29.5キロポスト付近道路において,酒気を帯び,正常な運転ができないおそれのある状態で,普通乗用自動車を運転した」と認定し,A方を訪れる前の飲酒状況,A方で飲酒を開始する時点での運転の意思,A方での飲酒行為を,単なる犯行の経緯としてではなく,原因において自由な行為として酒酔い運転の犯罪行為の一部と認定し有罪としているところ,これらは起訴状記載の公訴、事実には含まれていない重要な事実であるから,右のような認定を行うためには,訴因変更手続を経て,これら事実をも攻撃防御の対象として審理を尽くさせ,被告人側に防御の機会を与えることが必要であるにもかかわらず,原審は訴因変更の手続をしていない。

以上のとおりであるから,酒酔い運転の点につき,原審の訴訟手続には法令違反があり,これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから,破棄を免れないところ,業務上過失致死の点について所論の事実誤認の違法はないが,原判決は,両罪を刑法45条前段の併合罪として1個の刑をもって処断しているから,原判決は結局全部を破棄すべきである。

本件は,被告人が飲酒酩酊のうえ普通乗用自動車を運転し,高速道路を逆行して対向してきた被害車両と正面衝突する事故を起こし,その結果,被害者(当時36歳)を,そのころ,その場で焼死させたという事案であって,その結果は悲惨かつ重大というほかなく,かかる予想もできない無惨な事故によって,落ち度もないのに突然に一命を奪われた被害者の苦痛,無念さは察して余りあり,かかる事故によって肉親を奪われた遺族の被害感情も厳しく,未だに癒えることのないままであり,もとより,被告人の飲酒運転の動機や経緯には全く同情の余地がなく,被告人は,これまでにアルコール依存症による入院や投薬を受けており,記憶を欠いたままでの運転等の危険な経験を有していたにもかかわらず,本件事故前日,飲酒後に普通乗用自動車を運転して外出し,さらに外出先でも飲酒した挙げ句,本件犯行に及んだものであって,その刑事責任は重大といわなければならない。

したがって,業務上過失致死の犯行時,心神耗弱の状態にあったと認められること,遺族に対しては,保険会社から合計5,700万円の賠償金が支払われているほか,被告人の親族から50万円の香典が支払われていること,被告人にはこれまで懲役に処せられた前科はなく,本件を深く悔い,真摯に反省する態度を示していることなど,被告人のために酌むべき事情を十分に考慮しても,その刑事責任の重大さに鑑みると,執行猶予に付するのは相当ではなく,前記のとおりの実刑に処さざるを得ない。

2 運転を開始し本件事故に至るまでの間の被告人の責任能力について判断するのに,その間被告人が普通乗用自動車を運転したのは僅かな距離と時間ではなく,1時間近くにわたるものであり,一般道路を特に事故等を起こすこともなく、通過し,高速道路上も逆行していたとはいえ,それなりに運転走行していたのであるから,ある程度の合理的な判断が可能であったものと見られること,A方での言動に異常な点はなく,その後の運転行為を見ても,被告人の人格から逸脱した情動興奮に基づくような行動はなかったということができることに鑑みると,被告人は,当時,是非弁別能力及びこれに従って行動する能力を全く欠く状態(心神喪失の状態)にまでは至っていなかったことは明らかである。

しかしながら,当時,被告人の体内のアルコール量は,少なくとも強度酩酊に近い中等度酩酊に相当するものであり,飲酒実験によれば,被告人において運動失調が顕著となる程度の飲酒量に達していたこと,A方先路上から本件事故現場までの間の運転中の記憶に関しては完全に近い健忘があるなど相当程度の意識障害が認められること,したがって,このような状況下でいかに被告人が本件のような運転行為が可能であったかについては,専門家である鑑定人も説明することができず,その判定に迷うような事例であることなどに鑑みると,前記認定の事実から,被告人の酔いが単純酩酊に止まり完全責任能力があったと認めるには疑問が残るものというほかなく,被告人が強度酩酊に近いアルコール酩酊により是非弁別能力及びこれに従って行動する能力が著しく減弱した状態にあったとの合理的な疑いを否定し難い。

したがって,原判決が,被告人が,業務上過失致死の犯行当時,心神耗弱の状態にあったと認定した点に事実誤認はない。

3 検察官は,業務上過失致死につき,主位的訴因との関係で被告人が心神耗弱の状態にあったと認定される場合に備え,前記のとおり,当審において,その注意義務をA方での飲酒開始時の飲酒中止・抑制義務に求める予備的訴因の変更(追加)請求をした。

しかしながら,控訴審裁判所が,控訴審において検察官が新たに追加した訴因について審理判決するには,一審判決に事実誤認や法令違反があることを理由に控訴審でこれが破棄されることが前提とならねばならず,破棄が相当と認められた場合に初めてこれについて審理判決することができるものと解すべきであり,一審判決当時の訴因からみて一審判決に何ら誤りが見出されないのに,新たに訴因が追加されたことを理由に,その新しい訴因について一審判決がその存在を認めなかったことが事実誤認ないし法令違反になるとして,これを破棄することは許されない(最高裁判所昭和41年(あ)第2022号同42年5月25日第1小法廷判決・刑集21巻4号705頁参照)。そうすると,業務上過失致死については,原判決に所論の事実誤認はなく,これを破棄する理由が見出せない以上,当事では,右検察官の予備的訴因についてはこれを審理判決することができないものというほかない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!